COOLPIX 300:マルチメディア・レコーダー
という技術的可能性の追求

No.2|1997|「可能性」をみる

インターネットバブルと呼ばれる世紀末に発売された
タッチペン、録音機能搭載の異色デジタルカメラ「COOLPIX 300」。
デジタル化の足音が聞こえる時代に生み出されたプロダクトの背景には
新しいモノ好きが集まるニコン電子画像事業部のエンジニアが抱いた夢がありました。

コンテンツ監修:『WIRED』日本版 (文: 矢代 真也 / 写真: 加藤 純平)

本体に収納できる伸縮するタッチペン、液晶画面保護のためスライドするカバー、写真に手描きができるタッチパネル、そして内蔵されたマイクを使った録音機能……。「COOLPIX 300」を触っていると、そこかしこに仕込まれたガジェット好きの心をくすぐるギミックが20年以上前の記憶を思い起こさせてくれるかのようだ。

たとえばその記憶は、いまや「スマートフォン」と呼ばれるツルっとした1枚のスレート型のデバイスが普及する前に人々の手元にあった「ガラケー」と呼ばれる携帯電話とも遠くはない。「ガラパゴス」という言葉には外部要因によって淘汰された生態系という意味も含まれてはいる。ただ、そこで花開いた多様な進化のあり方は、多くのユーザーにとって「テクノロジー」によって実現された夢を感じさせてくれるものだった。

可能性を自由に追求する

1997年に発売されたCOOLPIX 300は、ニコンにとって2台目となるコンパクトタイプのデジタルカメラである。ニコン社内で、昇華型プリンターやフィルムスキャナーといったパソコン周辺機器デバイスを製造・販売していた電子画像事業部が開発を担当。1台目のプロダクトである「COOLPIX 100」がPCカードスロットに直接差し込める機構を搭載していたことからも明らかな通り、撮影に特化したデジタルカメラというよりは、パソコンとの親和性を高めたデバイスとして開発が行なわれていた(COOLPIX 300は、当時の周辺機器とパソコンをつなぐインターフェース規格であったSCSIもしくはシリアルケーブルでデータ転送を行なう)。

COOLPIX 300もまた「マルチメディア・レコーダー」というプロジェクト名が冠され、画像だけでなく手描きのメモや音声データを扱うことができるプロダクトとして開発がスタートしたという。開発がスタートした当時の1995年は米国の大手ソフトウェアメーカーが民生向けのOSを発売し大ヒットを記録、「インターネットブーム」がまさに訪れていたタイミングである。

まさに世界で「デジタル化」の流れが巻き起こりつつあった。そんな時にニコンのなかでも新しいもの好きなスタッフが集まり、それぞれが考えるデバイスの可能性を追求した結晶がCOOLPIX 300であったと言っていいだろう。

ただし、そのこだわりの結果、開発は難航。開発期間は予定よりも1年延び、計2年近い年月がかけられたという。撮影された画像、録音された音声、手描きで記録されるメモといった、3つのデータを自在に組み合わせられるシステムを目指したため、想定される処理が複雑になったという。「マルチメディア・レコーダー」たることを突き詰めた結果、「撮影後に手描きメモを追記し、さらに録音データを添付する」、「録音データを作成したあとに、撮影を行ない、さらに手描きメモを追記する」といった柔軟な利用法をユーザーに提供しようとしたのだ。

デジタルによって変わる体験

当時の海外向け商品パンフレットを見てみると、そこには「Personal Imaging Assistant」という名が冠され「世界を飛び回るビジネスパーソン」のようなユーザーが想定されていたことがわかる。「カメラで写真を撮って印刷し、メモを付け加えてFAXする」というプロセスを、いまの言葉でいえば「DX(デジタルトランスフォーメーション)」するようなデバイスの在り方が、そこには記されている。

デジタルカメラとしては特徴的な縦長の形状は、ペンを使いメモを取る使い方が前提とされていた影響が大きい。一方でデバイス上部にはレンズに加えて、光学ファインダーやフラッシュストロボ(ニコンではスピードライトと呼ぶ)が鎮座し、カメラメーカーとしての矜持が感じられる。

実際につかってみると、被写体との距離感の取り方など、一般的なコンパクトカメラやスマートフォンに近い感覚で撮影を行なうことができた。マルチメディア・レコーダーとして開発されていながらも、カメラとしての仕上がりが高いことに驚く。撮って書く体験が(現在の感覚ではメモリへの記録速度が遅いことをのぞけば)想像以上に「楽しい」のだ。そこに当時の開発スタッフたちが、好きな技術を盛り込めた高揚感を感じられるといったら、言い過ぎだろうか。

インタラクティブの先にあるもの

COOLPIX 300を開発した後、電子画像事業部の一部のスタッフは、先進的なデジタルカメラ開発を目指す全社プロジェクト「TOPプロジェクト」へと席を移すこととなった。デジタル化の波に乗り遅れんとすべく立ち上げられた同プロジェクトから、スイバルデザイン(回転式レンズ機構)を搭載し大ヒットを記録した「COOLPIX 900」(1998年)やレンズ交換式デジタル一眼レフカメラ「D1」(1999年)といった、現在のデジタルカメラに連なるプロダクトが次々と開発されることとなる。

一方で、COOLPIX 300に詰め込まれた、画像への録音・手描きメモ付加機能などの技術の多くは、実際には以降のプロダクトに具体的に継承されることはなかった。ただ、それを生み出した技術者たちの思いはけっして消えていないはずだ。テクノロジーによって何ができるか? その無限の可能性を追求する姿勢や、挑戦を肯定する風土が根づくフロンティア・スピリットこそが、COOLPIX 300のレガシーなのだ。

コンテンツ監修:『WIRED』日本版
文:矢代 真也
写真: 加藤 純平

シェアする