社外取締役対談

この対談は2023年5月に実施しました。

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蛭田 史郎
社外取締役(監査等委員)
旭化成株式会社において代表取締役社長などの要職を歴任。2019年6月、当社社外取締役に就任。
山神 麻子
社外取締役(監査等委員)
ITN法律事務所のパートナー弁護士として活躍。2020年6月、当社社外取締役に就任。

社外取締役の意見を活かしたガバナンスの向上

蛭田:2019年度に私が当社の社外取締役に就任してから、取締役会の構成は大株主等出身以外の社外取締役が選任されるなど多様性が拡大しましたが、加えて、取締役会の内容や実効性が変わってきた実感があります。就任当時は、取締役会の議論はそれほど活発ではない印象があり、当社の事業に関する情報や知識を社外取締役がしっかりと頭に入れる機会が必要と感じました。この意見を執行側に伝えたところ、取締役会と同じメンバーによる「取締役勉強会」が設けられ、事業の現状などを理解できるようになりました。取締役会の審議に大いに役立っており、実効性の向上につながったと評価しています。このように社外取締役の提案を積極的に実行する点は、当社のガバナンスの優れた点です。

山神:取締役勉強会設置前は、社外取締役の時間を取ってしまうことへの遠慮が執行側にあったようですが、私たちも当社の事業を学んだ上で意見を述べたいので、遠慮しないでくださいと伝えました。この勉強会で事業の理解を深められ、取締役会では議論により時間を使えるようになりました。
さらに2022年度からは、社外取締役のみで議論する「独立社外取締役会議」も設けられました。初回に参加者で議論し、この会議体の目的を明確化したうえで始めることができたことも有効でした。社外取締役同士で気軽に意見交換ができ、その後の取締役会の議論にも活かせています。

蛭田:独立社外取締役会議は、原則として社外取締役のみによって構成されています。重要な案件ほど、我々への情報開示から取締役会で決議するまでの期間が短くなってしまうため、その間に臨時の独立社外取締役会議を開催することもあります。そこでは、社外取締役がそれぞれ異なる経験の視点から案件のリスク分析をして議論し、必要に応じてそれらの意見を取締役会に提言しています。

山神:取締役会の実効性評価は毎年続けており、改善が必要と判断した項目は着実に対策がなされています。取締役会ではもっと大きな方向性を議論すべきという指摘があってからは、議案が絞られ、本質的な議論に時間をかけられるようになりました。

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中期経営計画の策定経緯

蛭田:当社がガバナンスの改善を進めてきたのは、2021年度までの前中期経営計画(以下、「前中計」)が目標に対して大幅な未達であったことが背景にあります。私が取締役勉強会の開催を提案したのも、前中計の未達は策定方法にも原因があったのではないかと考えたためでした。2022年度から始まった中期経営計画(以下、「本中計」)の策定では、取締役会で社外取締役から事業環境の変化や将来のリスクについて多くの指摘が出て、計画に織り込まれました。

山神:本中計は発表される半年前から取締役会でも月1回以上の頻度で議論を行ってきました。当初、経営陣と各部門が示す方向性がつながっているようには見えませんでしたが、何度も議論を重ねたことで、すり合わせが進みました。結果として、数値目標だけでなく目指すべき方向性についても、経営陣・各部門の双方にとって納得感のある計画になったと受け止めています。

蛭田:中期の数値目標だけでなく、長期で目指す方向性を検討したことが本中計の重要なポイントです。今回は2030年のありたい姿を設定し、そのために2025年までに何をするのかという発想で本中計を策定しました。また、ありたい姿を長期目線で考えたからこそ、業績の変動を抑えるためにどの事業領域を強化すべきかという議論も活発になったと評価しています。

山神:取締役会では、本中計が走り始めた現在も引き続き、業績だけでなく環境変化にどれだけ対応できているかという視点を持って進捗を評価するようにしています。

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株主還元強化とM&Aを含む成長投資についての議論

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蛭田:当社のPBRが1倍を下回っている状態には我々も非常に危機感を持っており、PBR向上のためには何よりも本中計を着実に実行し、継続的な増益と株主還元の強化が可能な企業体質を作り上げていくことが重要だと考えています。それを投資家の皆様にも実感して頂けるようにしなければなりません。

山神:投資家・アナリストとのIRミーティングとその分析結果が取締役会で詳細に報告され、本中計や案件の議論にも反映されるなど、取締役会では資本市場からの評価は常に意識されている実感があります。

蛭田:当社は投資家からキャッシュリッチに見られていますが、収益の変動が大きな事業をいくつか抱えているため、一定以上のキャッシュは必要です。安定的な収益構造を持つ事業を伸ばすことで、業績全体の変動率を下げるとともに、必要なキャッシュ水準も下げることができるはずです。

山神:資本配分については株主還元と成長投資の双方を推進していくのが当社の方針ですが、これまでは研究開発などにおいて投資額が計画に届いていないこともあったので、注視していきたいと考えています。

蛭田:これまでは、希望的観測に基づいた研究・技術開発、事業買収などの投資もあったのではないかと見ています。本中計では、投資においては市場環境をよく分析し、事業化できるのかを重視するようになりました。2023年1月に連結子会社化したドイツのSLM Solutions Group AG(現 Nikon SLM Solutions AG、以下「SLM社」)も、将来性のある金属3Dプリンティング技術を含めた企業の実力と、今後の事業環境変化の認識については、リスク分析の観点で様々な意見が出ました。SLM社は公開企業のため、情報の透明性の面では比較的リスクは低く、事業領域の将来性をどう見るかが特に重要なポイントでした。

山神:SLM社だけでなく、その事業領域の将来性とリスクも検討しました。蛭田取締役を含め、経営者出身の社外取締役の実体験に基づく様々なアドバイスもありました。私は弁護士として様々な業種の買収案件に携わってきましたので、その経験に基づいてリスクを指摘するようにしています。
今後は、SLM社をどのように統合しガバナンスを強化していくかを、監査等委員としてしっかり見ていきたいと考えています。

DEIと企業風土改革の重要性

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山神:女性の取締役は私のみであるため、私個人の意見が「女性の意見」とならないよう社内外で多くの方の考えを聞きそれも参考にしながら、積極的に意見を述べてきました。(注:2023年6月29日より女性取締役は2名に増加)
また、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DEI)のポリシーを策定する際には、サステナビリティの担当者から、「最近の言葉であるD&Iに、さらにエクイティも足すと社内浸透が進みにくくなるのではないか」と相談を受けました。しかし、元々あった当社のD&Iの考え方を精査すると、エクイティの概念はすでに含まれた内容となっていたため、「ポリシーの名称に『エクイティ』を加えることで内容をより正確に表すことができる。ポリシー浸透のためにもエクイティの意義を十分に説明し、議論する中で納得感をもって頂くことが重要」とアドバイスしました。現在は2023年4月に制定した「Nikon Global Diversity, Equity & Inclusion Policy」に照らし合わせて、実践できていることとできていないことを議論しながら浸透を進めていると聞いており、心強く感じています。

蛭田:DEIは絶対に取り組むべき重要な課題だと私も考えています。当社も含めものづくりを生業とする企業にとっては、人材が均一である方が、誰かが不在になっても代わりの人材を充てることができ、安定的な生産を継続するために都合がよいという事情がありました。しかしながら、今は顧客のニーズや社会の課題にいかに応えていくかが企業の収益の源泉に変わってきています。
これから顧客価値の向上や社会課題の解決をビジネスの中心にしていく上でDEIは不可欠なのだとまず経営者が認識し、従業員に繰り返し伝えて企業風土を変えていくことに尽きるのだと思います。

山神:私も、企業風土を変えていくためには経営者の熱意と、伝え続ける努力が非常に重要だと思います。それに加えて、これからの10年、20年を担っていく人材の多様な考え方を汲み取り、活かしていくことも大切だと思います。

社外取締役から見たニコンの今後の課題

蛭田:当社は設定した目標数値の達成に注力していますが、その背景を十分に理解して日々の業務に反映していくという点については、現場・経営とも課題があると感じています。
もう一つ課題を挙げると、財務経理部門や企画部門などの社員だけでなく、少なくとも部長クラス以上はキャッシュを含めた財務の視点を強く持つことが必要と考えます。例えば、山神取締役が先ほど話されていた研究開発の投資枠を使い切らないというのも、予算枠をできるだけ多く確保しようとしていることが背景にあるのかもしれません。経営の各層が財務的な視点を持てばそのようなことは起こらないはずです。今後、経営視点を持った管理職の育成にも期待したいと思います。

山神:私は、海外売上比率が高いにもかかわらず海外出身の執行役員が1名のみであることを課題と考えています。グローバル企業として海外の現地人材を経営に登用していくことは、人材の獲得・活用のみならずガバナンス強化の観点でも重要性を増しており、DEIの浸透はこれを実現する前提条件となります。そのためにも、今後もニコンのDEI推進を後押ししていきたいと考えています。