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1000億分の2mの動きが
支える極限の高解像度

スマート社会の実現を加速する半導体。
その進化を支える半導体露光装置のレンズには、極限に迫る解像度が要求されます。
実現したテクノロジーの一つが、ニコンの最先端の能動光学です。

5nmへと進む半導体の微細化

スマートフォンなどを通じて、誰もが快適に生活できる社会をめざす超スマート社会。この新たな社会を実現するための要の一つが、半導体の高性能化です。

半導体の性能は、チップ上の配線の幅(プロセスルール)を微細化し、より複雑な電子回路を作るほど高められます。2018年には7nm(nanometer : 10億分の1m)のプロセスルールによる半導体の量産が開始され、5nmプロセスルールでの製造も目前。これは人の髪の毛(太さ平均0.08~0.05mm)の断面に、約1万本もの線が描けるほどの細さです。

半導体の電子回路のパターンは大きなガラス板(フォトマスク)に描かれ、レンズによってシリコン板(シリコンウェハ)に縮小投影して焼き付けられます。この工程を担うのが「半導体露光装置」。そのレンズには微細なパターンを正確に焼き付けるため、収差を極限まで抑えた高い解像度が不可欠です。この解像度の高さこそ、半導体の進化を支える重要な要素です。

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1.7mの物体を
宇宙から識別できる解像度

関東甲信越地方を郵便切手の大きさに縮小投影した時、中心部だけでなく、外縁部の道路上の小型自動車をはっきり見分けることができる――。ニコンの半導体露光装置に使われている史上もっとも緻密に解像できるレンズは、それほど細かい描写が可能です。

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※画像はイメージです。

解像度はレンズの収差が少ないほど高くなり、収差はレンズ面が滑らかなほど少なくなります。このため半導体露光装置のレンズは限りなく滑らかに磨き上げられ、その面精度は誤差わずか1nm。このレンズの丸みを地球大にまで拡大したときに、地面にわずか1cmの凹凸しか許されない精密さです。しかも、そのレンズを装置内の決まった場所に、決まった角度で正確に設置しなければなりません。この時に許される誤差もnm単位です。

高精度なレンズを高精度に設置することで、高い解像度を実現している半導体露光装置。それでも、装置が稼働するとレンズに収差が発生してしまいます。露光用のレーザー光がレンズを通過することで、レンズのガラスに温度変化が生じ、それによって屈折率が変化します。この収差の補正に大きな役割を果たしているのが、「能動光学」です。

反射ミラーを変形させ、
収差を極限まで補正

稼働中に発生する収差のパターンは非常に複雑で、稼働状況やその日の気圧によっても刻々と変化。ニコンでは、レーザー光を反射するミラーを複数のアクチュエーターで随時押し引きして微妙に変形させたり、レンズの傾きなどを制御したりすることで、収差を適宜補正しています。

ミラーの変形量は、最小で0.02nm(1000億分の2m)。収差の発生やパターンの変化に良好に対応できるのが大きな特徴です。ちなみに、ミラーの曲面を地球表面の大きさにまで拡大したとすると、変形量は1mm程のわずかな動きです。

ニコンの半導体露光装置では、レーザー光を露光用レンズ群に直接通すのではなく、プリズムで屈折させてミラーで反射させ、またプリズムに戻してレンズ群を通す方式を採用。曲面を複雑に制御できる変形ミラー部を設けることで、レンズを傾けるだけでは不可能な高次元の収差の補正を実現。

さらに、レンズを加熱し、ガラスの温度変化による屈折率の変化を利用して収差を補正するテクノロジーも採用しています。

半導体の進化を支える半導体露光装置の極めて高い解像度。それを可能にしているのが、ニコンならではの能動光学テクノロジーです。

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※図はイメージです。

開発と製造の密接な協力が成功の源。

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写真左から、川原 英隆、小泉 幸央

光学本部
川原 英隆

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露光レンズを保持する鏡筒の機械設計の担当です。初期の段階から、能動光学によるミラー開発に参加しています。最新機種ではアクチュエーターの数がかなり増え、動かすべきパターンが膨大になりました。このため、データを手作業で処理しきれなくなり、データ処理の仕組みから開発しています。

レンズ制御で苦労したのは、想定外のガラスの変形です。開発中に何度も遭遇しましたが、その度に製造現場の協力を得て実験し、データをとって原因を追究することを繰り返しました。製造現場の協力やアドバイスには、とても助けられました。今後は半導体露光装置での経験を活かし、他の光学系の開発にも貢献していきたいと考えています。

光学本部
小泉 幸央

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能動光学によって収差を補正するレンズコントロールシステムの開発を担当しました。
難しかったのは、シミュレーションや補正機構単体での検証では見えなかった問題が、半導体露光装置に搭載して初めて分かることもあったという点です。その度に関係部門と何度も協議を重ねて解決していきました。

一般的に、機械は複雑になればなるほどエラーを起こしやすくなります。半導体露光装置はとびぬけて複雑ですが、装置が止まればお客さまに多大な損失を与えてしまいます。そのため、設計者としては極力シンプルなシステムを心掛けなければいけないと考えています。

  • 所属、仕事内容は取材当時のものです。

公開日:2019年6月28日