取締役対談
この対談は2025年5月に実施しました。

- 蛭田 史郎
- 社外取締役 取締役会議長
旭化成株式会社において代表取締役社長などの要職を歴任。2019年6月から当社社外取締役を務め、2024年6月取締役会議長に就任。
- 德成 旨亮
- 代表取締役 兼 社長執行役員 COO
株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループにおいて取締役執行役専務グループCFOなどの要職を歴任。2020年4月当社に入社し、2024年4月から現職。
新たな経営・ガバナンス体制の1年を振り返って
德成社長就任による変化
德成:私は、過半数を社外取締役が占める指名審議委員会での議論を経て、取締役会により社長執行役員COOに選任され、2024年4月に就任しました。外部出身かつ約半世紀ぶりの非技術系出身社長として私が登用されたのは、当社を変えようという取締役会の意志があったものと受け止めています。従前からの課題であったグループガバナンスやグローバルコンプライアンスをはじめとした経営基盤の強化が私の重要なミッションです。
蛭田:当社は、2022年度から2025年度を対象とした中期経営計画(以下、本中計)の中でビジネスモデルの変革に取り組み、事業の安定化と収益拡大に向けた施策を進めてきましたが、さらなる成長のためには課題も少なからずありました。そうした当社の現状を踏まえると、リスク管理体制の整備やキャッシュ・フローをベースとした経営の強化が必要であるといった議論が指名審議委員会及び取締役会でなされ、德成さんの社長選任につながりました。CEOの馬立さん、COOの德成さんによる現経営体制への移行後は、これらの点において改善が着実に進んでいると感じています。
德成:リスク管理体制の整備としては、リスク管理やコンプライアンスを統括する組織を2024年10月に新設し、経験のある外部人材を獲得するなど強化を図っています。取締役会においても、会社の現状をいち早く報告する機会を設け、リスクも含めて共有を行っています。また、これまでの損益計算書ベースの経営から、バランスシートやキャッシュ・フローを重視した経営への転換を図っています。
蛭田:他にも、取締役会の冒頭に德成さんから、社内の最新状況について報告いただいています。前回の取締役会以降に起こった出来事などを、社長としての問題意識と併せてタイムリーに共有されており、社外取締役の現状理解に非常に役立っています。

蛭田取締役会議長就任による変化
德成:蛭田さんには、2024年6月の株主総会後から取締役会議長に就任いただきました。取締役在任年数が長く当社をよく理解されており、豊富な経営経験をお持ちの蛭田さんに取締役会議長に就いていただくことが、変革の推進が急務である当社にとって適切と判断されたものと考えています。
蛭田:取締役会議長就任にあたって、当社の課題である部分への対応を強化していくためにも、取締役会の意思決定において、様々な経験を持つ社外取締役6名の視点と知恵を最大限に取り入れることが重要だと考えました。そのために、2022年度より実施している独立社外取締役会議に加え、取締役会後などに社外取締役が意見交換を行う機会も増やしました。これらの機会でまとまった社外取締役の意見は、私から馬立さんや德成さんに申し上げています。また、議案に応じて正式な取締役会開催の前に取締役向けの勉強会を設け、社外取締役も議案に関して理解を深めた上で、取締役会に臨める工夫も行っています。
德成:社外取締役向けの勉強会や社外取締役のみによる議論、そして筆頭社外取締役に相当する立場の方が、社外取締役が経営上の重要事項と考える内容を執行側のトップに伝えるという仕組みは、アメリカの取締役会のベストプラクティスに似た手法で、それが当社では蛭田さんが中心になって実現されています。
蛭田さんには、取締役会議長として最も大切な役割であるアジェンダ設定のために、執行の最高決定機関である経営委員会にオブザーバー参加していただいています。
蛭田:経営委員会では当社の強みや弱みがどこにあるのかに留意しながら、議論の推移や意思決定プロセスを見ています。参加後は、必要に応じて馬立さんや德成さんに、気になった点などをお伝えしています。
德成:その結果、取締役会での議論も深まり、第三者機関による取締役会の実効性評価においても、この1年で実効性が大きく高まったと社内外全ての取締役から評価されています。
中期経営計画の進捗と株価

德成:2022年度から始まった本中計は、今期が最終年度です。本中計の進捗は、評価できる面と課題が残る面の両方があります。映像事業と精機事業に次ぐ第3、第4の事業の柱を育てることについては、ヘルスケアのように立ち上がった事業もあれば、金属3Dプリンターのようにまだこれからという事業もあります。マーケットや競争環境、お客様の変化に機敏に対応できるよう企業風土の変革も進めていますが、十分ではありません。
定量面では、継続的な研究開発には一定の企業規模が必要だと考え、2025年度までに売上収益7,000億円到達を目標としてきました。この目標は2年前倒しで達成できたものの、一方で営業利益率については10%以上という目標に対して2025年度予想は5%程度にとどまる見込みです。2030年には売上収益1兆円を目指していますが、単に売上規模を拡大しても利益が伴わなければ無理が生じるため、バランスシートやキャッシュ・フローを重視した経営に転換しながら、工場やITシステムの刷新といった基盤の再構築も進めています。
蛭田:とりわけ半導体の市況や業界構造の変化に十分対応できなかったことで関連事業が落ち込み、全社業績に大きな影響が出ました。私も取締役として本中計策定時にこうした変化を想定できなかった勉強不足を痛感し、取締役会では、専門家を招いて取締役勉強会を開催するなど、業界動向への理解にも努めています。
德成:当社製品の多くは、露光装置、測定機、検査装置など、最終的には半導体製造に関係するため、当社の業績は半導体業界の動向に大きく左右されます。当社は事業構造や顧客の偏りなどから、昨今のAIの急速な広がりに伴う半導体の需要拡大の追い風を受けることができていません。現在のPBR1倍割れという株価は、こうした要因から収益が本中計の利益目標に届いていないことが大きく影響していると理解しています。
蛭田:投資家が当社の戦略や株価をどのように捉えているかについては、取締役会でも都度報告されています。どのように投資家の期待に応えていくか、企業価値を高めていくかについては、今後一層議論を深めなければいけないと考えています。
德成:半導体関連の事業に対しては特に、少しでも早く開発を進めリターンを生み出せるよう、様々な議論を行っています。例えば、従来は前工程向けのみだった半導体製造用露光装置を、AIやデータセンター向けに拡大が期待される後工程向けに開発中であり、2026年度中の発売を予定しています。半導体関連等主要な企業戦略については、取締役会においても議論を重ね、持続的な企業価値向上につなげていきたいと考えています。
経営基盤強化に向けて
海外子会社ガバナンスの強化

德成:当社が過去に行った買収案件には、PMI(Post Merger Integration)が成功したとは言えないケースもありました。その要因として、買収後の経営を各事業部に任せ、コーポレート側が十分なガバナンスを効かせられなかった面があったと考えています。過去のPMIの振り返りを取締役勉強会で行い、反省点や認識した課題を、近年買収したNikon SLM Solutions AG(以下、SLM社)やRED Digital Cinema, Inc.(以下、RED社)で活かしたいと考えています。
蛭田:これまでは、問題が起きてから取締役会への報告がなされ、対応策の議論を始めていました。今では過去に出資した会社も含めて、モニタリングすべきと決めた案件は取締役会で定期的に報告されるようになりました。例えば、変化が激しくリスクが大きいと判断すれば3カ月に1回、間隔を開けても問題なさそうであれば半年に1回などと柔軟に期間を設定しています。
德成:金属3Dプリンターで世界トップ3に入るドイツSLM社の売上は、大型装置を中心に伸びているものの買収時の計画に対しては遅れており、2025年度に単体での営業利益黒字化を目指しています。戦略面の進捗については意図した方向に進んでおり、モニタリングは機能していると考えています。
ハリウッドなどの映画産業で定評のある米国RED社は、同社が持つ動画関連技術を早期に獲得し、動画機開発を加速させるために買収しました。すでに若手社員を中心に当社から約20名をRED社に派遣し、シネマカメラの新機種の開発を協働して進めています。これが計画通りの売上に結びつくかどうかが、モニタリングの重要なポイントになります。
蛭田: SLM社は、大型装置の販売が伸びている一方で、中小型装置は業界全体として当初想定していたほど伸びておらず、引き続き注視しています。RED社の件は、自前にこだわらずに技術を手に入れたのは効率的ですし、PMIや運営をうまく行うことで成功すると期待しています。
強化すべき経営基盤
德成:社長就任後、5つの経営基盤の強化として、人的資本経営、サステナビリティ戦略、DX、ものづくり、経営管理の強化に注力しています。
このうち、最初の2つは順調に進捗しています。人的資本経営に関しては、人材の確保・育成・活躍の3つの側面で施策を進めています。私は、「イノベーションは多様性の中から生まれる」と考えており、事業間の人事異動やキャリア採用を推進しています。管理職の37.1%はキャリア採用者となっており、当社の様々な製品や技術を社員に知ってもらうため、私自身がニコングループの今を紹介するグループ内向け動画コンテンツを始めるなど、従業員エンゲージメントの向上を目指しています。サステナビリティについても、同業他社と比較して高い外部評価を得ています。
一方で、DX、ものづくり、経営管理の強化は課題だと考えています。DXについては、300億円を投資して基幹システムをアップグレードする計画です。ものづくりに関しては、2030年までに最大1,000億円を投資して老朽化した工場を順次建て替えて、生産体制を整えます。経営管理の面では、2線、3線と呼ばれる内部管理部門と内部監査部門の強化を図っています。
これら経営基盤の強化は、いずれも当社が再び売上収益1兆円規模の企業に成長するうえで欠かせない取り組みです。
蛭田:かつて私が当社の監査等委員だった頃、社内の内部監査に同行した際に生産設備の老朽化を強く感じ、対応が必要だと取締役会を通じて執行陣に提言しました。現在は検討が進んでいると理解しています。
德成:蛭田さんだけでなく、メーカー経営者としての経験のある複数の社外取締役からも同様のご指摘をいただき、具体的な検討を進めました。これまで当社は、業績のボラティリティが高いこともあってキャッシュをため込もうとする傾向があり、経営基盤への投資が足りない部分がありました。財務規律を十分に効かせたうえで、必要な投資を適切に行います。
蛭田:現在は経営基盤の課題に対して執行陣のミッションを明確にして着実に対応していただいていると認識しています。今後も社外取締役として、執行陣と連携を深めながら、引き続き的確なモニタリングを行ってまいります。