Designer’s Voice vol.4

2022.1.5 | UIデザイナー

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UIデザイナー、大木洋。デザインの力を信じ、人と製品、人と人とがわかり合うためのデザインを追求し続けています。

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わかり合うためのデザイン

ユーザーインターフェイス、略してUI。これと無関係な生活をしている人は、きっといないはずです。スマートフォンやPC、ゲーム機。何か機器があれば、そこには必ずと言っていいほど存在しているからです。

画面上に表示されるボタンやアイコン、メッセージウインドウなどが代表例。ふだん何気なく接しているかもしれませんが、もしユーザーインターフェイスがなかったとしたら、機器を使いこなせるのはもっと限られた人だけになっていたかもしれません。

画面のデザインを通じて、人と製品がわかり合う。そして、使う人が思い通り、あるいはそれ以上の結果を得られるようにする。それが、私たちUIデザイナーの目指すものです。

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いいデザインは対話から

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とはいえ、画面のレイアウトを考えたり、アイコンをデザインしたりといったことは、私たちの仕事のほんの一面に過ぎません。 製品としてどんなことができて、どんなことができないのかを知るために、開発者から徹底的に話を聞きます。もちろん、使う人が何をしたいのか、どんなことに困っているのかについても、深く掘り下げます。

機器と人間という、まったく異なる存在の間に立つからこそ、私たちの仕事には繊細さが求められます。設計する人の「こうしてもらいたい」、使う人の「こうしたい」という言葉には表れない、お互いの人の心の奥底にあるものを丁寧に読み解かない限り、本当にいいユーザーインターフェイスにはならないからです。

デザインとは、目に見えるものであるという以上に、コミュニケーションである。そして、人と人との対話から生まれるものなのだというのが、私の日々の実感です。

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ビジュアルが持つパワー

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グラフィックレコーディングの一例

そんな中で気づいたことがあります。
機器と人間が意思を通わせるのが難しいのは当たり前として、同じ言葉を使う人間同士であっても、意思を通わせるのは決して簡単ではないということです。

協力して同じ方向に向かえるはずなのに、ほんの些細なことから意見がすれ違い、そのままズレた方向に進む。議論をとても有意義なものにできる意見なのに、言い出せないまま終わる。その人にとって関係のあることのはずなのに、見過ごされる。

仕事でも日常生活でも起こり得る残念な状況を、デザインの力でなんとかできないか。そう考えているときに出会ったのが、「グラフィックレコーディング」という手法でした。会議などの場で、議論の中身を絵にして記録する。早い話がラクガキです。

未完成な状態を人に見られながら作業をするのは、デザイナーとして勇気のいる行為でもありますし、私自身は絵を描くのがそんなに得意なわけでもありません。
それでも、そのままでは消えていってしまう言葉を、絵という目に見えるものに置き換えることには、大きな意味があります。
自分たちの向かっている方向が本当にお客さまのためになるのか、重要な意見が置き去りにされていないかなどを、ひと目で確かめられるようになるからです。

言葉で延々と議論するよりも、未完成でもいいから素早くかたちにして確認するこの手法は、議論を活発化させただけでなく、実際にユーザーインターフェイスをより良いものにするためにも役立ちました。

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画面デザインイメージ

慣れが必要な画像測定機の使い方を学習するためのソフトウェア「Nexiv Note」では、開発の段階でプロトタイプをつくりながら使い勝手を検証するアジャイル開発を実施。誰もが思い通りに金属部品を造形できることを目指した光加工機「Lasermeister 100A」では、手描きのスケッチやモックアップをチームで作成しながら、デザインや実装のフォローを行いました。

機能として未完成であっても、使う人の気持ちがはっきりしていなくても、ひとまず目に見えるようにしたものを見ながら、自由に議論する。このプロセスを経ることで、使っていて気持ちがいい、もっと使いこなしたくなるという、ニコンの理想に一歩近づくことができたと思っています。

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コミュニケーションは
もっと自由でいい

私にはひそかな野望があります。ニコンはもちろん、それ以外の場にも、もっと気軽にラクガキのできる文化を広げていきたい、ということです。

議論の場に上げるからには、きちんと考えをまとめるべき。自分の意思をはっきりさせた上で、報告か連絡か相談かをしなくてはいけない。そんな抵抗感が、イノベーションの芽を摘み取ってしまうことがあるのではないか?そう思うからです。

社長の言葉をラクガキのようなかたちでビジュアル化し、オフィスや社員用のポータルサイトで発表してみたことがあるのですが、多くの人からコメントやリアクションをもらったことに驚きました。この手法を通じ、上下関係や部署間の垣根を超えて、自由に意見を言い合える環境もつくれるかもしれない。そんな手応えも感じています。

未完成でもいい。思ったことを自由にかたちにし、ぶつけあうことができるようになれば、「きっとこんなものは誰の役にも立たないだろう」と眠ったままになっていたアイディアが日の目を見ることが増えていくでしょう。一度かたちになってしまえば、それらをもとに社内外の様々な人の力を借りながら、大きく育てていくことにもつながるはずです。

デザイナーである必要はありません。絵が上手とか下手とかも関係ありません。誰もがコミュニケーションのための「インターフェイス」を描き、アイディアを大きく育てられるようになればニコンも、ちょっと大げさかもしれませんが社会も、より良いものになるかもしれません。
人事研修で社員にグラフィックレコーディングをレクチャーしたり、地方行政や地域で活動している事業者とのコラボレーションに活用したりと、少しずつですが、自分にできることを実践しはじめています。

製品と人のコミュニケーションで培ってきたものを、人と人のコミュニケーションにも活かしていけるよう、これからもデザインの可能性を追い求めていきたいと思っています。

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長野県の岡谷市や辰野町と
一緒に制作した冊子とイラスト